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レオナルドダヴィンチの幼年期の思い出(フロイト引用)

2014.06.03 Tuesday[フロイト-

レオナルドダヴィンチ(1452−1519年)は、イタリア.ルネサンスの最も偉大な人物の一人として、すでに当時の人々から賞賛されていたが、その一方ですでに同時代人にも謎めいた人物と映っていた。これは今もって変わらない。この(ただ輪郭がぼんやりと感じ取られるだけで、決して究めつくしえない)万能の天才が、自らの時代に対して最も決定的な影響を及ぼしたのは、画家としてであった。レオナルドの中では、自然科学者であるということが芸術家としての在りようと結びついていたが、この自然研究者(および技術者)としての彼の偉大さを認識することは、今日にしてようやく取組みうる課題としてわれわれに残された。彼は絵画において数々の傑作を遺したが、その一方で彼が行った科学上の様々な発見は公にされず、またその価値が検討されることもなかった。とはいえ、彼の発展の過程において、自然研究者としての束縛が芸術家としての彼を全面的に開放することはついぞなかった。むしろ往々これをはなはだしく損ない、ついには抑え込んでしまったかもしれない。ヴァザーリのこの話は、外的にも事実ではあるまいし、内的にも大した真実味を持たず、この謎めいた巨匠をめぐって生前に生じ始めていた伝説の類いに属するものであるとはいえ、この時代と、そこに生きた人々による判断の証として持つ価値は否定できない。
なぜレオナルドという人物は同時代人に理解されなかったのだろうか。多才で博識だったレオナルドは、そのお蔭で、自ら改良した楽器を携えてリュート奏者としてミラノ公ルドヴィーコ.スフォルツァ、通称イル.モロの宮廷に地位を得、またこの公爵に宛てた注目すべき書簡の中で建築技師および軍事技術者としての自分の業績を誇らしげに語ることもできたのだが、同時代人から理解されなかったのは、多岐にわたる彼のこの才能と知識のゆえではない。ひとりの人物がこのように多彩な能力を発揮することは、ルネサンスの時代には稀ではなかったからである。とはいえ、レオナルドは、その類いの中でも最も輝かしい例のひとつだった。また彼は、自然からは外見的に貧弱な身体しか恵まれず、当人としても人生の外見上の姿形にはなんらの価値も置かず、痛ましいまでに陰鬱な気分の中で人との付き合いを避けるといった、一部の天才的な人間にありがちな類型に属してもいなかった。むしろ彼は背が高く、均整のとれた体つきをしており、眉目秀麗で、並外れ、人と接する作法も至って魅力的で、話術に長け、誰に対しても朗らかで愛想がよかった。彼は、身のまわりにあるものについても美しさを愛した。派手な衣装を身にまとい、生活の上でも何につけ洗練されていることを重んじた。こうした彼の晴れやかな嗜好を示す、絵画論の中にある一節で、レオナルドは、絵画をその姉妹と言うべき様々の芸術と比較し、彫刻家の仕事の苦労について述べている。(彫刻家は、そこで顔をひどく汚し、大理石の粉をかぶり、まるでパン屋のような具合だ。小さな大理石で幾重にも覆われるので、背中は雪が降りかかったようになり、住まいときては石のかけらと埃にまみれている。これが画家だと何もかもがその逆だ。
...画家は、結構な服を身にまとい、くつろいで自分の作品の前に座って、典雅な絵の具を含ませたごく軽い絵筆をわずかに動かすだけでよいからだ。衣装でもって、画家は自分を好きなように着飾れるし、住まいは晴れやかな絵で満ち、輝くように清潔だ。しばしば、音楽の集いや様々な美しい作品の朗読会を催したりするが、それらに耳を傾けるにあたって、ハンマーの轟音やそのほかの騒音に妨げられることもなく、大いに楽しむことができる。
とはいえ、輝くように朗らかな享楽家としてのレオナルドという見方は、この巨匠の人生の、最初のほうの比較的長い一時期についてしか適当でないのかもしれない。ルドヴィーコ.モロの支配が衰えて、レオナルドも自分の活動圏であったミラノや確かな地位を捨てることを余儀なくされ、フランスで最後の隠棲の地を見出すまで、定かならず外的な成功にも恵まれない生活を強いられた。このころから彼の気分の輝きが色褪せていき、彼の気性に備わる様々の奇怪な傾向がいよいよ強く立ち現れてきたらしい。また年を追うごとに彼の関心の重点は芸術から科学へと移っていったが、これもレオナルドという人物とのあいだの溝を否かにも広げる一因となった。そのころの彼は、例えばかつての弟子仲間であったペルジーノのように注文に応えてせっせと絵を描いて富を得る代わりに、当時の人々にしてみれば時間の浪費にすぎない様々の実験的な試みに手を染めていたが、それらは人々にはすべて気まぐれな遊び事と映り、またそのせいで彼は黒魔術に仕えているのではないかとの疑いさえかけられた。残された手記からレオナルドがどのような技術や芸術を試していたかを知るわれわれは、その点で、彼のことがもっとよく分かる立場にある。当時は教会の権威が古代の権威に座を譲り始めたばかりで、無前提の研究など誰の頭にもなかった時代であるから、ベーコンやコペルニクスの先駆けであるだけでなく、ライヴァルとして彼らに匹敵しえたであろうレオナルドが、孤独へと追いやられていったのは無理からぬことであった。馬や人間の屍体を解剖する。飛行装置を組み立てる、植物の養分を調べては解毒の効用を研究する、そうした試みは、もとより彼を、アリストテレスの注釈者たちからは遠くかけ離れ、むしろ当時蔑まれていた錬金術師たちに近い者としたのだった。実験的研究は、この不遇な時代には、そういった錬金術師たちの実験室の中に逃げ入ることでかろうじて命脈を保っていたのである。
その結果として、彼は絵筆を手に取ることを厭うようになり、次第に絵を描くことが少なく稀になっていった。手がけたものもその大半は未完成のままに放置し、自分の作品のその後の運命について頓着することはほとんどなかった。こうしたことがまた、芸術に対する彼の関係が謎と映った同時代人の非難の的となった。
後世のレオナルド賛美者たちの中には、移り気という汚点を彼の性格から抹消しようと試みる者もいた。いわく、レオナルドの欠点として非難されるものこそ、偉大な芸術家に共通する特性だ。精力的で必死になって仕事をこなしたミケランジェロとて、作品の多くを未完成のままに残したではないか。そのことでミケランジェロが咎を受けないのであれば、レオナルドとて同じはずだ。加えて、レオナルドの絵のかなりは、本人が言明するほど未完のままでもない。素人にはすでに傑作と思えるものも、芸術作品を創造する者にとっては、所詮、自分の意図をいまだ十分に体現せぬものでしかない。彼の年頭には一つの完全があって、それを模造で再現しようとして、そのたびに気後れするのだ。しかし、自分の作品を最終的に見舞う運命に対して芸術家に責任を負わせることなど、およそ筋違いではないか、云々。

如月eye。偉人、レオナルド.ダヴィンチのフロイトが生い立ちや細かく精神分析をしている。この時代では飛び級で逸脱した才能を持ち、周りとのレベルの違い過ぎで、後世になって認められることになった。彼はなぜ人体にこれほどまでに執着したのだろうか。
フロイトは彼の心理面を重点的に分析しているのだが、多才であり、レオナルド.ダヴィンチが生涯に求めたものは何なのか、不思議である。
続く。

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フロイトより抜粋。自慰についての討論の閉会の辞

2014.04.22 Tuesday[フロイト-

諸君!このサークルの比較的古いメンバーは覚えていることでしょうが、われわれはすでに数年間前、自慰をテーマに同じような共同討論、アメリカの同士の言い方では、シンポジオンをやろうと試みたことがあります。その折には、表明された意見にかなりの食い違いが出來し、そのため、われわれは討議を上梓するまでに至りませんでした。

それ以来われわれは前回と同じ人々も新たに加わった人々も経験的事実を絶えず参照し、お互いの考えのやり取りを継続しながら、自分の見方を明確にするとともに共通の地盤に据えることができるようになり、いまや前回中断されたことを敢行しなおしてもよいだろうと考えられるようになりました。

実際わたしは、自慰のテーマに関するわれわれの一致はいまやその他の点においては否認すべくもない、不一致よりも強力で透徹したものとなったという印象を得ています。矛盾もあるように見えますが、そのかなりは、諸君が展開した観点の多様性によって呼び起こされたにすぎず、問題となっているのは真実のところ、互いに十分並存できる見方なのです。
われわれが一致もしくは不一致になっていると思われるのはどういう点についてなのか、諸君に要約を開示させていただきたいと思います。

おそらくわれわれを全員が一致しているのは以下の点です。
a、 自慰行為に伴うか、それの代役となる空想の意義について。
b、 その由来はどうであれ、自慰につながっている罪責意識について。
c、 自慰の有害性について質的な条件を提示することは不可能であるということについて(この点は例外なく一致しているわけではない)

調停ができなかった意見の相違が示されたのは、
a、 自慰が身体的要因に影響を及ぼすとは認められないということに関して。
b、 自慰の有害性一般の拒絶に関して。
c、 罪責感の由来に関して。これを諸君の一部は不満足から直接指導しようとし、他の諸君は社会的要因や人格のその都度の態度も引き合いに出そうとする。
d、 子供の自慰の遍在性に関して。
最後に重要な不確定性として残っているのは、
a、 自慰に有害な影響があるとして、その影響の規制について。
b、 自慰の現勢神経症への病因論的なかかわりについて。
基づいて行った批判によって問題設定がなされています。たしかにわれわれは、将来の観察者や研究者の人々に、まだ確定し解明すべきことを大量に残しましたが、それでわが身を慰めようではありませんか。

ところで、われわれが取り組んでいる問いに対するわたし自身の寄与に関して、諸君は多くを期待してはなりません。諸君のご存じのように、わたしはテーマを断片的に取り扱うkとを偏愛しており、そうすることで、もっとも確実と思われる点を浮き彫りにしたいのですわたしには、何か新たなことや解決を与えることはできません。ただ、かつて一度主張したことを幾つか繰り返し、またこうした昔からの意見を表明すると諸君の側からなされることになる攻撃に対していくらかの防御をなし、さらに、諸君の講演に浮かんで来ずにはいられなかったコメントを少々付け加えるだけです。

ご存じのように、わたしは自慰を年齢にしたがって、一、乳児の自慰(それによって理解されているのは、性的満足に役立つあらゆる自体性愛的な試みのことです)、二、幼児の自慰(これは第一のものから直接的に出てきますが、すでに特定の性源域に固着されています)、三、思春期の自慰(これは幼児期の自慰に接続しているが、そうでなければ潜伏期によってそれから隔てられています)に区別しました。わたしが伺った諸君の叙述のいくつかにおいては、時期のこの区別は全面的に正しいとはされていませんでした。医学の語法に示唆される、いわゆる自慰の単一性に誘われて一般論的な主張がいくらかなされましたが、むしろあの三時期によって分化する方がより正当なはずでした。
女性の自慰に男性のそれと同じほど顧慮を払うことができなかったのも残念でした。女性の自慰は別立ての研究に値するのであって、まさに女性の自慰おいてこそ年齢によって条件付けられる変化が大変強調されるのではないか、とわたしは考えています。

それでは、乳児に自慰がいたるところで見られることに対する私の目的論的な論拠に反対してライトラーが繰り出した異論の方に移ることにしましょう。告白しますが、わたしはこの論拠を破棄します。性理論の新版が出されることになれば、そこには論難はもはや含まれないでしょう。私は自然の意図を推し量ることなど断念し、事態の記述に徹することになるでしょう。
人間のみに固有な、性器の一定の機構は子供時代における性交渉の阻止を目指しているように思われるという、ライトラーのコメントも意味深く重大だと宣言せざるをえません。けれど、私の懸念はこん点に関してなのです。
女性器の窪みが閉鎖され、勃起を確実にするペニスの骨が脱落したことは、性交それ自身の妨げになるだけであって、性的興奮一般の妨げとなるわけではないのです。

ライトラーは、自然による目的追求をあまりにも人間に近づけて捉えているようです。まるで、人間の所業においても自然においてもただ一つの意図を貫徹することだけが問題となっているかのようです。しかしわれわれの見る限り、自然の出来事においてはたいてい、一連の目的追求はその全体が平行して進行するのであって、互いに破棄しあうことはないのです。
自然について人間的な言葉で語るとしても、自然は人間の場合なら一貫していないと呼ばれるような現れ方をする、と言わざるをえません。私としては、ライトラーは彼自身の目的論的論拠にそんな重きを置いてはならないのだと思います。

発見論的仮説として目的論を使用することには懸念があります。今目の前にしているのは調和なのか不調和なのかは、個々の事例においては決して知られません。そんなことを知ろうとするのは、部屋の壁に釘を打ち込むようなものです。継ぎ目に当たるのか、知り得ないのです。
自慰や遺精といわゆる神経衰弱の発病とつながりの問題については、私は諸君の多くと同じくシュテーケルには反対でして、以前に述べたことを、後に挙げる制限つきではありますが、維持しています。現勢神経症と精神神経症の区別を断念しなければならない理由が私にはわかりません。

前者における症状の発生は、ただ中毒症のものとしか考えられません。シュテーケル同士はここでは、心因性を実際かなり誇張しているように見受けられます。私はいまも、最初15年以上前に考えたのと同じように、次のように見えています。つまり、二つの現勢神経症、神経衰弱と不安神経症、(もしかしたら、それに並べて第三の現勢神経症として本来の心気症が加えられるべきかもしれません)は精神神経症に向けて身体側の同調をなさしめ、興奮素材を提供する。
そうするとこの素材は心的に選抜され変装されるために、一般論に言うなら、精神神経症の症状の核、真珠の中心にある砂の核、が身体側の性的発現によって形成されことになるのである。このことは無論、いまだ入念な精神分析的調査がなされていない神経衰弱に関してよりも、不安神経症やそれのヒステリーとの関係に関していっそう明白です。不安症状として表面化したりヒステリーの症状形成の核となったりするのは、不安神経症においては基本的に、諸君も何度も納得する機会を得られたことですが、放散されなかった性交興奮の一部です。

シュテーケル同士は、われわれが混沌とした神経症の内部に打ち立てた形態論的文化を棄却しすべてを一項目、例えば精神衰弱、もとに一括しようとする傾向を、精神分析外の数人の論者と共有しています。
その点でわれわれは彼にしばしば反論してきましたし、また、形態論的臨床的差異は本質的に異なったプロセスのいまだ理解されざる徴候として価値のあることがやがてわかるだろうという期待を堅持しています。
自分はいわゆる神経衰弱にも他の神経症者の場合と同じコンプレックスや葛藤をいつも見出したと、彼はわれわれを、正当に、批判しますが、この論拠はいまの争点には多分当てはまりません。同じコンプレックスや葛藤があらゆる健康者や正常者にも予測されるべきことを、われわれはとっくに知っています。
それどころか、肛門性愛や同性愛などの倒錯の蠢きの一定程度の抑圧や、幾ばくかの父親コンプレックスや母親コンプレックス、さらにそれ以外のコンプレックスの存在をいずれの文明人にも推定することに、われわれは馴染んできたのです。それはちょうど、有物体の元素分析において、炭素、酸素、水素、窒および少々の硫黄といった元素が確実に提示されると期待されるのと同じことです。有機物体を互いに区別するのは、これら元素の含有率であり、元素相互の化合物の構成です。こうして正常者であるか神経症者であるかにおいて問題となるのは、それらのコンプレックスは葛藤の存在ではなく、それらが病原的となったか否かという問いなのであり、もし病原的となったなら、それらはいかなる機制をその際用いたのか、とう問いなのです。

かつてわたしが立て今日も擁護している。現勢神経症についての学説の本質的な点は、当神経症の症状は精神神経症の症状と異なり、分析的に分解できないという、実施の検分に依拠した主張に存じています。
この主張からするなら、いわゆる神経衰弱者の便秘、頭痛、疲労は、実行的な体験に歴史的ないし象徴的に還元することができず、(場合によっては同種と思われかねない)精神神経症の症状と異なり、性的代替満足であるとか、あい対立した欲動の轟き間の妥協としては理解されません。
この場命題を、精神分析の助けを借りてうまく打ち倒すことができるとは、わたしは思いません。
それに対し、当時は信じることができませんでしたが、分析治療が間接的には現勢的症状にも治癒的影響を及ぼしうることをわたしは今日では認めています。それはつまり、分析的によって、現下の有害性により良く堪えられるようになるが、あるいは、病気の個人が性的体制の変更によってこうした現下の有害性を免れる状態になるかのいずれかのゆえです。これは確かに、われわれの療法的関心にとって望ましい展望であります。

しかし、わたしが現勢神経症の理論的問題において最終的には間違っていることが証明されたとしても、個人の立場を埒外とする知識の進歩によってわが身を慰めることが出来るでしょう。
ならば諸君は問うことでしょう。殊勝なことに自分の無謬性の必然的限界を洞察するなら、どうしてわたしはむしろ、すぐさま新たな刺戟的な提案に譲歩しないのか、どうして自分の意見に頑なに固執する老人によくよく見られる芝居を繰り返すのか、と。その答えは、自分が譲歩すべき明証性が見当たらないから、ということです。

先だつ年月においてわたしの考え方はいろいろな変化を蒙ってきましたが、それをわたしが公衆に隠諾することはありませんでした。
この変化のゆえに私は非難されましたが、今日では頑なだとして非難されることになるでしょう。こうした非難がわたしを怯えませることなどないでしょう。とはいえわたしは、自分が運命を成就しなければならないことを知っています。
運命の手を逃れることはできません。かといって運命に敵対する必要もありません。わたしは運命を待ち続けるでしょうし、その間、かねてから学んできたやり方で、われわれの科学に関わることでしょう。

諸君によって多く論じられてきた自慰の有害性の問いについては、わたしははっきりとした態度表明はしたくありません。というのも、これは、われわれの取り扱っている諸問題に対する正式のアプローチではないからです。
しかし、われわれはみな、そうせざるをえないのでしょう。世間が自慰について興味をもつのも、それ以外のことのゆえではないようです。

諸君も思い出されるでしょうが、このテーマに関する討論の最初の晩、われわれはゲストとしてこの町の傑出した小児科医をわれわれの中に迎えました。
彼はわれわれに何度も問い続けられて、何を知りたいと願ったでしょうか。それはただ、どのくらい自慰は有害であり、ある者には有害なのに、別の者にはそうでないのはなぜなのか、ということでした。してみれば、この実践的欲求に応じるよう、われわれの研究にしても求められざるをえないでしょう。

告白しますが、わたしはここでも、この問題に関してシュテーケルが果敢な正しい見解を多く表明したにも関わらず、彼と立場を共有することができません。
彼にとっては自慰の有害性とは本来ばかげた偏見であって、われわれはただ人格的に狭隘なためにこの偏見を徹底的に払いのけようとしないのだ、ということになります。
いかし思うに、われわれがこの問題を(不偏不党の立場で)それがまさにわれわれに可能な限りで、目に捉えるならば、むしろ、シュテーケルの立場への加担は神経症の病因論に関するわれわれの基本的な考え方に逆行している、言わねばなりません。

自慰は本質的には幼児の性的活動に対応し、その後には、より成熟した年月におけるこの性的活動の堅持に対応しています。神経症の源はわれわれによれば、個人の性的追求とそれ以外の(自我)性向との葛藤です。
そうすると、誰かが言いそうなことですが、わたしにとっては、こうした病因論的関係の病原要因はひたすら性欲に対する自我の反応に存することになりましょう。
そうするとその誰かは、各人はその性的追求を無制限に満足させようとしさえすれば、神経症からわが身を守ることができる、と主張するかもしれません。
見たところ恣意的であり、明らかに目的にかなってもいません。ところが、性的衝動が病原的に働きうると認めるなら、諸君としては同じ意味内容を自慰に対してももはや拒んではならないでしょう。自慰とはひたすたそういう性的欲動の轟きを実行に移すことなのですから。

確かに諸君は、自慰が病原的として責めを負わされそうなあらゆる症例において、その病原的作用をさらに、自慰のうちがに発現してくる欲動に対して向けられる抵抗に還元することでしょう。自慰は身体的にも心理的にも最終的なものではないし、本当の起動因ではありません。
そうではなく、一定の活動を表す名称にすぎません。
しかし、どれほどさらに還元されようと、病気を引き起こす原因に関する判断は、この活動に結びつけられたままですし、そしてそれは正しいことなのです。
また忘れてはなりませんが、自慰は性的活動一般と同等視されるべきではなく、性的活動だとはいえ、一定の制限条件を伴ったそれなのです。それゆえ、自慰活動のまさにこうした特殊性がその病的作用の担い手である可能性も残り続けます。

こうして、われわれは(理論的)論拠から再び臨床的観察の方を指示されることになります。そしてこの観察は、(自慰の有害な作用)という題目を削除しないよう、われわれに警告します。いずれにせよ、神経症のうちで、われわれは自慰が害をもたらした症例に関わったりします。この害、三つの異なった仕方で加えられるように思われます。

a、 未知の規制による器質的障害として。その際には、諸君がしばしば言及した、無節制や不十分な満足という観点が問題となる。
b、 心的模範という仕方によって。ただしそれは、ある大きな欲求の満足のために外界の変化が目指される必要がない限りにおいてのことである。しかるに、この模範に対する大々的な反動が展開されるときには、きわめて価値のある性格属性に向かって通路が切り開かれうる。
c、 幼児期の性目標の固着が可能となり、心的な幼稚症への遅滞が可能となることによって、そのことによって神経症に頽落する素因が与えられる。精神分析家としてわれわれは自慰の、ここで言うのは無論思春期の自慰であり、またその時期以降に継続された自慰のことです。この結果に最大の関心を寄せざるをえない。

空想とは、快原則に従った生活との間に挿入された中間領域であるが、自慰が空想というこの中間領域としてどのような意義を有しているのか、つまり、どのようにして自慰によって、なんら進歩ではなく単に有害な妥協形式にすぎない性的成長や昇華の遂行が空想のなかで可能となるのか、このことを見据えておこう。
もっともシュテーケルの需重要な証言によれば、この同じ妥協が重篤な倒錯傾向を無害化し、禁欲の最悪の結果を回避させるのだが。
性能力の持続的な衰弱は、医師としてのわたしの経験からするなら、自慰によってもたらされる一連の結末から排除することができません。もっとも、この衰弱が多数の事例において一皮向けば、単に見かけ上にすぎないことも、わたしはシュテーケルに同意します。しかし、自慰のまさにこの結末は、すぐさまそれの害に数えいれるわけにはいきません。
男性の性能力、及びそれと結びついた野蛮な積極性の一定の低下は、文化的には非常に利用価値の高いものです。この低下によって、文明人は自分に要求された性的節度や信頼の美徳を遵守することが容易になります。性能力が充溢しているなら美徳とは大抵困難な課題であることがわかるでしょう。

この主張が諸君にはシニックに聞こえるとしたら、それは決してシニシズムとして意図されているのではないことを思ってください。この主張が諸一片のドライな記述だろうとしているだけであって、それにとっては、賛意を呼び起こそうが憤慨を呼び起こそうが、どうでもよいのです。
自慰はまた他の多くのもの同様、まさに(美徳の欠落)ももてば、逆に(その欠落の美徳)もっているのです。込み入った事例の連関を一方的な実際的関心によって損害と利益に割り切って二分してしまうなら、シニシズムだとの好ましからざる風評も甘受せざるをえなくなるでしょう。
ところで、自慰による直接的障害と呼んでよいものと、(自慰という)この性的活動に対する自我の抵抗や反攻から間接的に派生してくるものとを互いに分解しておくことには利点があると思いますが、この後者の作用にわたしは今回立ち入りませんでした。

われわれに向けられた第二の厄介な問いについて、必要最低限のことを二、三さらに述べておきたいと思います。この問いは、いつ性的活動が一般に個人にとって病原的になるのかという、もう一つのより包括的な問いと部分的に重なるからです。
この部分を取り去るなら、残るは、自慰が性的満足の特殊なあり方を表す限りで、病原として実行的な多重的契機の量的要因や共同作業の影響力を検討するのが肝要でしょうが、しかしなによりもまず、個人のいわゆる生来の素因に大きな重要性を容認しなければならないでしょう。けれども、素直に言えば、生来の素因をテーマに取り扱うのは、あまり誉められたことではありません。われわれは常々個人の素因をあとになってから推論するものだからです。
事後的に、その人物がもう発症したあとに、その人にあれやこれやの素因を帰すのです。

素因をあらかじめ言い当てる術を、われわれは手にしていません。ヴィクトール.ユゴーの小説に出て来るスコットランド王のような振る舞いをわれわれはするのです。
王は、魔女を突き止める間違いのない術を誇っていました。被疑者を熱湯で焚き上げ、そのスープを玩味するのです。その味加減にしたがって王は、そのとおり、これは魔女だ、とか、違う、魔女ではない、と判定しました。
さらにもう一つのテーマにも注意を向けてほしいと思います。これはわれわれの論述では取扱われることがあまりにも少なかったものですが、いわゆる無意識的自慰のテーマです。わたしの意味するのは、終身中や、異常状態や発作の際の自慰のことです。

諸君も思い出されることでしょうが、どれだけ多数のヒステリーの発作が自慰行為を、個人がこの種の満足を断念したあとで、密かに知られることなく再び持ちきたらすことでしょうか。
また、強迫神経症のどれだけ多数の症状が、この種のかつて禁じられた性的活動を埋め合わせ、反復しようとすることでしょうか。
さらに、自慰の回帰が治療作用を及ぼすと述べることもできます。諸君の幾人かはすでにわたしと同様、患者が意図的に自慰という幼児的段階に持続的に留まろうとしているわけでもないのに、治療中に再び自慰を敢行するようになると、それが大きな進歩を意味するという経験をなさったことでしょう。
その際、諸君に喚起してよいことかと思いますが、まさにもっとも重篤な神経症患者のかなりの数の者が、自分で想起できる範囲の時期には自慰を避けていたのに、忘れられた早期の時期には自慰というこの性的活動に決して無縁でなかったことが精神分析によって証明されるのです。

とはいえ、思うに、これで打ち切りにしましょう。われわれは、自慰というテーマはおよそ汲み尽しがたいという判断においては全員一致しているのですから。

不安と欲動生活。(フロイトの論文から抜粋)長編

2013.10.15 Tuesday[フロイトcomments (0)

1、不安については、これまでの一連の講義の第25回目ですでに、テーマにとりあげました。とりあえず、その内容をかいつまんで振り返っておく必要があります。そこで述べましたのはまず、不安とは、一つの情動状態、つまり、快、不快の系列のある度合いの感覚と、この感覚に見合った放散のための神経支配ならびにその感知とが一つになった状態のことをさすのですが、おそらくは、何らかの重大な出来事が遺伝を通じて体内化された澱のようなもので、喩えるなら、各人それぞれが獲得したヒステリー発作にでも匹敵するだろう、といったことでした。私たちは、この種の情動痕跡を残した重大な出来事として、出産という出来事をつけました。

不安に特有の心拍と呼吸の変動は、もともと出産の際にこそ目的にかなったものだったからです。つまり、原初の不安というものは、何か中毒性のものだったのだろうということです。こうした前提のもと、私たちはまず、現実不安と神経症的不安を区別することから出発しました。前者の現実不安は、危険に対する反応、すなわち予期された外部からの侵害に対する反応として、すんなり理解できるのですが、後者の神経症的不安は、いかにも謎めいていて、何のためのものか分からないものです。私たちは、現実不安を分析してこれを感覚的注意力と運動緊張の高まった状態として結論づけ、この状態を不安準備と呼びならわします。この不安準備が不安反応へと発展してゆくわけですが、この不安反応の結末には二種類のものがあります。一つは、あの古い外傷的体験の反復である不安増長が、いわば信号としてのみ働く場所で、その場合には、それ以外の反応は、危険状況が新たに膨らんでくるのに合わせて、逃亡や防御の手を打つといった結末にいたります。

もう一つはあの古い外傷体験が圧倒的になり、反応全体が不安増長で尽きてしまう場合には、この情動状態は、全身の力を萎えさてしまうため、逆に現在の状況にとってよろしくない結果となってしまうのです。つづいて私たちは、神経症的不安に目を向け、これには三つの異なった事態が観察されることをご報告いたしました。一つは、自由に浮揚しどんなものにも向けられる危惧で、新たに浮上してくるどんな可能性とも次々手当たり次第に結びつくため、いわゆる予期不安と称するべきもので、例えば典型的な不安神経症に見られる類いのものです。もう一つは、いわゆる恐怖症にみられる、特定の表象内容にしか結びついた不安でして、この場合、外的危険とのある種の結びつきはなんとか認められはしますものの、これに対する不安が度を越えて誇張されているとしか思えません。最後の三つ目は、ヒステリーや他の形態の重度の神経症に見られる不安で、もろもろの症状にともなって現れる場合も、単独で現れるもあり、発作の形をとるかと思えば、慢性的な形をとったりもしますが、いずれの場合も、何らかの外的危険によってもはっきり理由づけることができない点を特徴とするものです。

このように見てきた結果、私たちとしましては、次のような二つの問いを提起せざるをえなくなったわけです。すなわち、これら神経症的不安は、外的危険に向けられた現実不安とどういう関係にあるのかという問いです。
私たちの研究は決して無駄には終わりませんでした。重要な解明がいくつか手に入りました。不安に満ちた予期に関しましては、臨床上の経験から、これがいつも性生活におけるリビード家政に関係していることが判いたしました。つまり、不安神経症のもっとも普通の原因は、フラストレーションに終わった興奮だということです。リビードの興奮が引き起こされても、それが満足させられず、使用もされないような場合、この使用に供されなかったリビードに代わって、びくびくした不安感が出現するわけです。私には、この充足させられなかったリビードがそのまま直接不安に変化すると言い切ってよいとも思えたほどです。

これら子供の恐怖症というものは、私たちには極めて謎めいたものが多いのですが、そうではなような恐怖感、例えば一人きりにされた時の不安だとか人見知りのような不安は、はっきり説明が可能なのです。つまり、一人きりにされたり、見知らぬ顔が現われたりしますと、それによって幼児は、親しんだ母親への切ない思いを掻き立てられ、このリビード興奮を抑えることも浮揚したままにしておくこともできないで、これを不安に変えるということです。この幼児不安は、したがって、現実不安に属するものではなく、神経症的不安の一つということです。この幼児期恐怖症、ならびに不安神経症の不安予期は、神経症的が生じる一つの方式を説明する二つの好例とも言えます。すなわち、リビードが不安へと直接的に変換されることによるということです。神経症的不安のもう一つの規制も、すぐにい知れます。それは、この第一の規制とさほど違ってはいないのです。

私たちは、ヒステリーやその他の神経症に見られる不安は、抑うつという出来事によるものだと考えております。この抑圧という出来事を、これまでよりも完全な形で記述するには、抑圧されるべき表象の運命と、その表象に付着しているリビード量の運命を別々に切り離して扱う必要があります。抑圧を受けて、ともすると見分けがつかなくなるほど歪曲されるのは、表象の方です。これに対して、表象がもっている情動量のほうは、不安に変わるのが通例です。しかも、その情動の種類が攻撃的なものであれ、そうしたこととは無関係に、情動量は不安に変わるのです。加えて、あるリビード量がどのような理由で使用されないままになったのかということも、本質的な違いを作りません。幼児期恐怖症の場合のように自我の幼児期的な弱さからくるのであれ、不安神経症の場合のように性生活における肉体的出来事(リビード鬱積)の結果であれ、あるいは、ヒステリーの場合のように抑圧によるのであれ、本質的な違いはありません。つまり、神経症的不安の発生の二つの機制は、もともと同じだということなのです。

このような探求を続けている中で、私たちは、不安増長と症状形成の間に極めて重要な関係があることに注意を向けるようになりました。すなわち、両者は互いに代行しあい、交代しあうということです。例えば広場恐怖症患者の場合ですと、その一目瞭然病歴の開始点にくるのは、路上での不安発作です。再び路上に出ようものなら、その度に、この発作が繰り返されることになりかねません。そこで患者は、自我による制止ないしは自我による機能制限とも呼ぶことのできる路上不安という症状(広場恐怖症)を形成し、それによって不安発作を逃れるのわけです。これとは逆のことも見られます。例えば強迫行為などの際によく起こることですが、症状形成に何らかの干渉が加えられたような場合がそうです。

洗浄儀式を行うのを妨げたりしますと、患者は耐え難い不安状態に陥るのです。ここからはっきりしますのは、それまで症状が患者をこうした不安状態にならないように守っていたということです。付け加えさせていただきますと、どうやら、不安増長のほう先、症状形成が後であるらしく、不安状態の勃発を回避するために症状が形成されるようなのです。幼児期に起こる最初の神経症であるという事実も、このことを裏付けております。この幼児期の恐怖症の状態を見れば、先にまず不安増長があって、これが後に症状形成にとって代わられることは人目瞭然なのです。

続く。

如月eye
神経症に大きな功績を遺したフロイトの神経症への研究は、現在もその分野では生きていますが、ここまで内側からアプローチできたのは、天才しか他ないでしょう。
ここでいうリビード、現在はリビドーとも名づけられています。
不安と欲動生活はまだまだ続きます。

戦争はなぜに?(フロイトの論文から抜粋)

2013.10.02 Wednesday[フロイト-

この過程が何を機縁にどのように始まったのかは不明ですし、その末も不確かですが、この過程の性格のいくつかについてはたやすく見て取れます。このまま行くと、ひょっとすると人間という種は消滅するかもしれません。というのも、この過程は性的な機能をいくつかの点で損なっており、すでに今日でも、文化的に進んでいない人種や、社会の中で遅れている住民層のほうが、文化度が高い人間たちよりも旺盛に人口を増加させているからです。もしかするとこの過程は特定の動物種家畜化に比べることができるかもしれません。

この過程には身体的変化が伴うのは疑いないところです。文化の発展がこのような気質面での変化の過程だ、という発想にまだ世の中は馴染みがありません。文化の発展に伴う心的な変化は顕著で、紛れもない事実です。この変化とは、欲動の目的の遷移がどんどん進行していって、欲動の轟きが制限されることにあります。私たちの祖先にとっで快に満ちていた感覚は、私たちにはどうでもいいものか、ないしは耐えがたいものにさえなりました。私たちの倫理的、ないし美的な理想要求が変化したのなら、それには器質面での根拠があるのです。

文化の心理学的な性格のうち二つが最も重要であるように思われます。まず欲動の活動を支配し始める知性が強まること、それと攻撃的な傾向性の内面化です。後者には、有用な帰結も危険な帰結も多々伴います。さて、文化の過程が私たちに強いる心理的な態度に真っ向から楯突くのが戦争です。だからこそ私たちにはもはやそもそもできなくなっています。それは単に知的で情動的な拒否ではありません。それは私たち平和主義にあたっては、器質的な不寛容であって、一つの特異体質がいわば極端に肥大化したものなのです。また、残虐であるのに加えて、戦争が美的な観点からしてこき下ろされているのも、私たちが戦争に反発を覚える大きな理由の一つではないかと思われます。

さて、私たちは他の人々も平和主義者になるまで、この先どれぐらい待たねばならないのでしょうか。それは何とも言えません。しかし、文化的な態度と、将来の戦争が及ぼす影響に対する当然の不安、これら二つの契機が働いて、近いうちに戦争遂行に終止符が打たれるであろうというのは、ひょっとすればユートピア的な希望ではないかもしれません。どのような道を経て、あるいは回り道を経てそれが実現するのかは、私たちは推し量ることができません、にも関わらず、文化の発展を促すものはすべて、戦争に立ち向かうことにもなるのだと言えます。心からのご挨拶をお送りしますとともに、私が述べてきたことがご期待に添えませんでしたらどうぞ、ご海容のほどお願いあげます。


如月eye
戦争はなぜに?をアインシュタインに送った手紙でした。
フロイトの考える器質的なもの。一つの得意体質が肥大化したもの。と述べているところはいわばどうにもならないものでしょうか。現在は第二次世界大戦も終わり68年ぐらいになる。その他の国で内乱やテロなどが起きてはいるが、大小は別にして湾岸戦争が記憶に新しい。文化的な態度と戦争が及ぼす当然の不安の二つの契機が働いて終止符が打たれるのかもと述べているところ、誰にしも死というものに対しては不安はありそれが正義のためとかわけのわからない大義名分のために争う愚かな行為。そして文化的な態度。あくまで何々的、的。文化の発展そのものは悪くない、しかし、どのようにしてそのプロセスを大切にするかが問題なのです。
日本においても電子toolが発展し、その言葉の意味や重さスピード、利便性、コミュニティ等。多くの障害も出ているのも事実。それはほんの一端ですが、またいろんなことができることでその反撥やデメリットも生ずるので、その最悪が戦争というものでしょう。
文化の発展に伴い、人間らしい生き方や考えをまさに一石を投じるフロイトのこの論文と言えます。



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戦争はなぜに?(フロイトの論文から抜粋)

2013.10.02 Wednesday[フロイト-

御関心の所在は戦争の防止であって私たちの理論ではないのが分かっていながら、無理やりそこに自分の話をこじつけているのではないかと案じます。なおしばしの間、破壊欲動の話を続けさせて下さい。破壊欲動は、よく話題になるものの、その意味の解明はそれに足並みをそろえることが到底できていません。私たちは、いくらか思弁を重ねることを通じて、この欲動が生あるものすべての内に働いており、さらに、その生体を崩壊に至らせ、生なき物質の状態に連れ戻そうという志向を備えているという見解に至ったのです。

この欲動は、文字どおり死の欲動という名に値します。それに対してエロース的な欲動群は、生への意欲を代表しています。死の欲動は、特別な器官の助けを借りて外部へ、対象へ向けられると、破壊欲動となります。生物はいわば異物を破壊することによって自分自身の生を維持します。しかし、死の欲動の一定部分は生物の内部に残存し働きつづけます。私たちは相当数の正常な現象や病的な現象をこの破壊欲動の内面化から導き出すことを試みました。良心の成立を、攻撃性が内部へと向けらことから説明するという異端に手を染めさえしました。お察しのとおり、この現象があまりに大規模に行われると、まったく危なげないとは言えません。

端的に不健全であります。他方、欲動の諸力が外界での破壊へと向けられるのは、生物にとって負担を軽減することになり、憂さ晴らしの効果もあるに違いありません。私たちは今、人間の中にある醜く危険な志向全般についての生物学的な弁解となるでしょう。このような志向のほうが、それに対する私たちの抵抗よりも自然本性に近いというのは認めざるをえませんし、また、なぜ、自分たちはこういった抵抗をするのかについても、私たちは説明を見出さねばなりません。もしかするとあなたは、私たちの理論が一種の神話だ、しかも神話であるにしてもいささかも悦ばしい神話ですらない、という印象をお待ちかもしれません。しかし、すべての神話科学は最終的にこのようなある種の神話に行き着くのではないでしょうか。今日、あなたがたの物理学では事情は異なるでしょうか。

以上に述べてきたことから、私たちは自分たちのあたっての目的のために、とりあえず人間の攻撃的な傾向を廃絶しようと望んでも見込みがないということを引き出しておきましょう。なんでも地上には幸せな地域があって、そこでは自然が、人間の必要とするものならすべて溢れるほど豊富に与えてくれ、そこに住む種族の生活は温和に過ぎ行き、強制も攻撃も知らないのだそうです。そのようなことはおよそ信じることはできませんが、この幸福な人々についてはもっと話を聞きたいものです。ボルシェビキの面々もまた、物質的な欲求を満足させることを保証し、その他の点でも共同体に参加する者たちの間に平等を打ち立てることによって、人間の攻撃性を消滅させることができると希望しています。

私はこれを錯覚だと考えます。当面、彼らは、はなはだ念入りに武装しておりますし、自分たちの支持者を結束させるのにも、外部の者すべてに対する憎悪に頼るところが少なからずありません。ちなみに、ご自身でもお気づきのように、ここではなにも人間が持つ攻撃への傾向性をすっかり除去しようというのではありません。せいぜい試みうることといえば、それをなるべく別の方向に誘導して、攻撃への傾向性が戦争で表現される必要がないようにすることくらいです。

私たちの神話的な欲動理論から、間接的に戦争というものを打ち倒す方法の指標となる言葉がたやすく見つかります。好んで戦争へと向かう態度が破壊欲動の発奮ならば、この欲動に対処するには、それに対立する存在たるエロースに声をかけるというが当然、考えられるところです。何であれ、人間の間に感情の絆による拘束を生み出すものは、すべて戦争に逆らうはずです。もっとも、これには性的な目標が伴うわけではありません。精神分析は、ここで愛と言う言葉を使うのを恥じる必要はありません。宗教が同じことを言っているからです。いわく、汝自身のように汝の隣人を愛せよ。これはただ、言うは易し、行うは難し、です。

もうひとつの類いの感情の絆による拘束は、同一化による一体感です。人間の間に重要な共通の関心を生み出すものはすべて、このような共同性の感情、同一化による一体感を喚起します。人間社会は、大概のところこういった感情と同一化の上に打ち立てられているのです。

あなたが権威の乱用を嘆かわしいと述べておられるお言葉から、戦争の傾く性向を間接的に打ち倒すためのもう一つの示唆が得られます。人間は、生まれながらにして指導する者と従属する者とに分かれますが、この不平等を取り除くことはできません。大半は従属する者であり、自分たちに代わって様々な決定を下してくれる権威を必要とし、ひとたび下された判断には、大抵無条件に従います。これに連関する話ですが、自立していない大衆の統率を担うべき自立して考える人間、威嚇に屈さず真理と格闘する人間から成る上層部を育成するために、これまで以上に意を用いる必要があるでしょう。国家権力による干渉や教会による思想の禁圧は、このような訓育に不都合であるのは論を埃ちません。

理想的な状況は、もちろん、自らの欲動生活を理性の独裁に服従させた人間たちの共同体でありましょう。これほどに完全で抵抗力を持つ、人間の結束を呼び起こしうるものは他にはないはずです。たとえ互いの感情の絆による拘束を断念しても、それには及ばすまい。しかし、これはどうやら九分九厘、ユートピア的な希望と見て間違いありません。間接的に戦争を回避するには、別の方法を取るほうが現実的
でありますが、それとてすみやかな成功を約束してくれるものではありません。粉挽き小屋の水車がやたらゆっくり回るものだから、待たされる人間は粉が挽きあがる前に飢えて死ぬ、などというのは、考えるだにいやじゃありませんか。

ご覧のとおり、浮世離れした理論家に喫緊の実践的な課題について相談しても、ろくなものが出てきません。人は、各自、いま手許にある手段でもって、それぞれ個別に危機に対処するように努めるほうがいいのです。しかし、私の関心を引く問いを一つ論じたいと思います。なぜ私たちは戦争に対してこれほどにも憤慨するのでしょうか。あなたも私も、その他、多くの人々もそうですが、なぜ私たちは人生の数ある辛い窮境の何かほかの一つのように、戦争を耐え忍ばないのでしょうか。そもそも戦争というものは自然の道理に適い、生物学的にも歴とした基礎を持ち、実際面ではほとんど避けられそうにもありません。

私の問題提起に驚かないで下さい。考察を目的とする以上、実際に持っているわけでもない超然の士の仮面をつけることとて許されるかもしれません。右の問いに対する答えは次のようなものでしょう。いわく、なぜなら、人間は誰しも自分自身の生にこだわりそれを処する権利を持つからであり、また戦争は希望に満ちた人生を破壊させ、個々人をその尊厳を辱めるような状態に追いやり、彼らをして、望んだわけでもないのに他人を殺害するように無理強いし、人間の労働によってもたらされた成果である貴重な財貨を破壊するからだ。そればかりではない。例えば、戦争も現代のような形態になると、昔の英雄的な理想を充足する機会を与えてくれないし、また将来の戦争は、破壊手段が完成し、敵対する陣営の一方だけではなく、もしかすると双方の側もろともの根拠を意味することになるだろう...。

これらはすべてそのとおりで、およそ議論の余地がないように思われ、いまだに、挙げて人類が一致して戦争に遂行を棄却していないのを不思議に思うほかありません。確かにこれらの点の内個々については議論することができましょう。共同体が個々人の生を処する権利を持つべきではないかどうかは疑問です。またあらゆる類いの戦争を一律に弾劾するわけにはいきません。折あらば容赦なく他を殲滅するつもりでいる帝国や国が存在する以上、他の国々としては戦争に備えて装備を整えておかなければなりません。しかし、これらはひとまず全て脇に置いて置きましょう。

あなたからお誘いを受けたのは、こういった議論ではないからです。私が目指しているのは別のことです。なぜ私たちが戦争に対して憤慨するのか、その主たる理由は、他になすすべがないからです。だとすると、私たちが自らの立ちの正当性を論証するのはたやすいことです。太古の昔から人類には文化の発展過程が連綿と続いている(このようでいられることのうちその最良の部分はこの過程のおかげだが、われわれを苦しめるものの大部分もやはりこの過程の所産である...。

続く。

如月eye
第一次世界大戦を経験しその最中でのフロイトの冷静な鑑識眼と客観性、その大戦中の心境はかなり複雑だったのだろうと思われます。今やほとんどの学者や今を生きる現代人にとって知識しか得ることのできない、歴史だけが残るのだけだが、人間の精神分析を研究する中で痛いほど戦争の愚かさや後世にも言い伝えなければならない、何か使命感としても医者として心理学者として熱い想いが伝わってきます。フロイトの偉大な功績は数えきれない。
続きはいよいよクライマックスになります。


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戦争はなぜに?(フロイトの論文から抜粋)

2013.09.30 Monday[フロイト-

私たちは人間の欲動には二種類しかないと想定しております。想定一方には、維持し統合しようとする欲動群で、私たちはこれらを、プラトンの(饗宴)に出て来るエロースそのままの意味でエロース的な欲動、あるいは通俗的な性の概念を意識的に広げて性的欲動と呼んでいます。もう一方は、破壊し殺害しようとする欲動群で、私たちはこれらの欲動を攻撃欲動ないし破壊欲動という名で概括しています。

これが本来は世間に周知の愛情の対立を理論的に洗練したものにすぎないのはご覧のとおりです。ちなみに、この愛情の対立は、ご専門の分野で一定の役割を果たす引力と斥力の双極性と何か根源的な関係を持っているのかもしれません。さて、性急に善悪の評価を持ってくるのは控えましょう。これら二つの欲動野の内にいずれもが必要不可欠なのです。両者が協働したり対抗しあったりする中から様々な生の現象が生じてきます。

そうして、一方の種類に属する何か一つの欲動だけが単独で活動しうるなどということは、ほとんどないように思われます。欲動は常にもう一方の側のある一定量と結合しています。ちなみに、私たちはこれを混晶化している。と言っております。そのせいで、欲動の目標に変更や修正が加えられたり、あるいは場合によっては目標の達成が初めて可能になったりします。だから、たとえば自己保存欲動は、確かにその本性がエロース的なものとはいえ、自らの意図を貫徹することになるなら、それ自身、攻撃性を備えている必要があるのです。

同じように、対象に向けられた愛の欲動も、そもそも自らの対象を手に入れようというなら、征服欲動の援軍を必要とするのです。二つの欲動の種類を、それらの発現している状態において分離することは難しく、これに妨げられて、私たちも実に長い間これらの欲動を認識することができませんでした。この先、もう少し私に付き合って頂けるなら、人間のもろもろの行動には、さらにこれとは別種の合併、複雑化が認められるということについてお話しましょう。

行動がただ一つだけの欲動の蠢きの所産であることはごく稀です。欲動の蠢きそのものがそれ自体すでにエロースと破壊性とから合成されているに違いありません。通常、行為が可能となるためには、複数のそれぞれ同じように構成されている動機が出会う必要があります。あなたと同じ専門分野の先達であるゲオルク.クリストフ.リヒテンベルク教授のような人は、すでにこのことを意識していました。彼はわが古典主義の巨匠たちが活躍した時代にゲッティンゲンで物理学を講じていましたが、ことによると物理学者としてよりも心理学者としてのほうが重要であったと言えるかもしれません。

リヒテンベルクは、次の発現に見られるように、動機の羅針盤というものを考案しました。(人が何かをするときの運動根拠は、32万位と同じように整理することができ、その名称も例えばバン、バンとか、名声、名声、バンといった具合に風向きと似たような形で定式化することができるだろう)。したがって、戦争に馳せ参じるよう促されようものなら、人間の中にあるあまたの動機が戦争に賛同の声をあげることでしょう。気高い動機に卑しい動機、声高に語られる動機もあれば人には言えない動機もあります。私たちは何もこれらすべてをさらけ出すいわれはありません。

攻撃と破壊に興じる快は、間違いなくそういった動機の一つであり、歴史上の、あるいは日常の数えきれない残虐行為は、これらの動機が存在し、またいかに強力であるかを裏付けています。この破壊追求が別の追求、例えば性愛や理念の追求と混こうすると、当然、満足が得られやすくなります。

歴史上の蛮行を耳にするとき、理念的な動機は破壊的な情欲によって単に口実として利用されたにすぎないという印象を受けることがままあります。別の場合にはまた、たとえば異端審問における残虐行為はでは、もろもろの理念的な動機が意識の前面でわれ先にひしめく一方、破壊的な動機がそれらに無意識に加勢していると思われたりもします。いずれもありえます。


続きます。



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戦争はなぜに?(フロイトの論文から抜粋)

2013.09.27 Friday[フロイト-

これを現在の私たちに通用してみますと、あなたがもっと手近に到達されたのと同じ結論がでてきます。それは、戦争の確実な防止は、人々が中央に権力の設置に合意し、利害関係をめぐる抗争の全てについて司法の判断をこの権力に委ねるときにのみ可能となる、というものです。ここには明らかに二つの要請が一体として求められています。このように上位に位置づけられる審級を設けること、そして、この審級に必要な権力を与えることです。

片方の条件が満たされてはいません。国際連盟は自ら国有の権力を持っておらず、持ちうるとすれば、新しい統一体の成員たる個々の国家が権力を国際連盟に委譲するときだけです。しかし、これについては目下のところ何の展望もないように思われます。国際連盟というものが、人類史上あまり企てられたことのない、ことによるとこれだけの規模ではついぞ企てられた試しのない試みであるのをわかっていなかったら、人は国際連盟という制度を見ながら、それを全く理解していないことになるでしょう。これは、通常なら権力の占有に基づく権威、すなわち強制的な影響力を、一定の理念的な姿勢に訴えることを通じて獲得しようという試みなのです。先に、共同体を結束させるのは二つの事柄だと述べました。
暴力による強制と成員たちの感情の粋による拘束、術語を用いるならば同一化による一体感、です。

一方の契機が脱落してしまっても、もう一つの契機によって共同体は維持されるかもしれません。もちろん、先に述べた理念がなんらかの意味を持つのは、それらが成員にとって4共同体は維持されるかもしれません。もちろん、先に述べた理念がなんらかの意味を持つのは、それらが成員にとって重要な共通の関心に表現を与えている場合に限られます。そうなると、その理念がどれほど強固なものであるかが問われます。理念が実際に作用してきたのは、歴史が教えるところです。例えば汎ギリシャ的理念がそうです。

自分たちはまわりに住む野蛮人よりも優れた存在であるという意識は、アンピクテイオン同盟や神託、祝祭制などの中に強力に表現されておりますが、この意識が強かったゆえに、ギリシャ人の間で戦争が行われた際には、その流儀も温和なものとなるほどでした。しかし、そうは言っても、ギリシャ民族に属する小部族間の軍事的な紛争を防止することはできませんでしたし、一つの都市や都市同盟が、どこかライバルに不利を及ぼすために宿敵ペルシャ人と同盟を結ぶのを妨げるほどの力もありませんでした。同じくまたキリスト教徒としての一体感も、それなりに強力なものであったとはいえ、ルネサンスの時代には、キリスト教を奉じる大小の国々が、互いの戦においてスルタンの支援を得るべく画策するのを妨げませんでした。私たちの時代にも、このように世の中を一つに束ねる権威を期待しうるか生まないことは、あまりに明白です。

中には、ボルシェビキ的な考え方がまず広く一般に浸透することによって初めて、およそ戦争というものを終わらせることができると予言してみせる人もおりますが、いずれにいたしましてもこのような目標は、今日の私たちにとってあまりに迂遠であり、おそらく幾多の恐ろしい内乱の後でしか到達しえないでしょう。してみれば、やはり現実の権力を理念の力に置き換えようとする試みは、今日においてなお失敗に帰する定めにあるように思われます。法はその元を辿れば剥き出しの暴力による支えを欠かしえない。このことを考慮しないなら、とんだ計算違いをしでかすことになります。

さて、ここで、あなたが提起されている命題のうち別の一つに注釈をしてみたいと思います。あなたは人間を戦争に熱狂させることが実に容易であることを不思議に思っていらっしゃる。そして、人間のうちには、何か憎悪や殲滅への欲望といったものが作用しており、これがそのような煽動に迎合するのではないかと推測していらっしゃいます。ここでもまた、私は何の留保もつけずにご意見に賛同するほかありません。

私たちはそのような欲動の存在を信じており、まさにここ数年間、この欲動がどう発現するかについて研究するべく努めてまいりました。この機会に、私たちが精神分析で幾多の模索と曲折の末に辿りついた欲動の一端をお話してよいでしょうか。
続く。


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戦争はなぜに?(フロイトの論文から抜粋)

2013.09.27 Friday[フロイトcomments (0)

これを現在の私たちに通用してみますと、あなたがもっと手近に到達されたのと同じ結論がでてきます。それは、戦争の確実な防止は、人々が中央に権力の設置に合意し、利害関係をめぐる抗争の全てについて司法の判断をこの権力に委ねるときにのみ可能となる、というものです。ここには明らかに二つの要請が一体として求められています。このように上位に位置づけられる審級を設けること、そして、この審級に必要な権力を与えることです。

片方の条件が満たされてはいません。国際連盟は自ら国有の権力を持っておらず、持ちうるとすれば、新しい統一体の成員たる個々の国家が権力を国際連盟に委譲するときだけです。しかし、これについては目下のところ何の展望もないように思われます。国際連盟というものが、人類史上あまり企てられたことのない、ことによるとこれだけの規模ではついぞ企てられた試しのない試みであるのをわかっていなかったら、人は国際連盟という制度を見ながら、それを全く理解していないことになるでしょう。これは、通常なら権力の占有に基づく権威、すなわち強制的な影響力を、一定の理念的な姿勢に訴えることを通じて獲得しようという試みなのです。先に、共同体を結束させるのは二つの事柄だと述べました。
暴力による強制と成員たちの感情の粋による拘束、術語を用いるならば同一化による一体感、です。

一方の契機が脱落してしまっても、もう一つの契機によって共同体は維持されるかもしれません。もちろん、先に述べた理念がなんらかの意味を持っのは、それらが成員にとって4共同体は維持されるかもしれません。もちろん、先に述べた理念がなんらかの意味を持っのは、それらが成員にとって重要な共通の関心に表現を与えている場合に限られます。そうなると、その理念がどれほど強固なものであるかが問われます。理念が実際に作用してきたのは、歴史が教えるところです。例えば汎ギリシャ的理念がそうです。自分たちはまわりに住む野蛮人よりも優れた存在であるという意識は、アンピクテイオン同盟や神託、祝祭制などの中に強力に表現されておりますが、この意識が強かったゆえに、ギリシャ人の間で戦争が行われた際には、その流儀も温和なものとなるほどでした。しかし、そうは言っても、ギリシャ民族に属する小部族間の軍事的な紛争を防止することはできませんでしたし、一つの都市や都市同盟が、どこかライバルに不利を及ぼすために宿敵ペルシャ人と同盟を結ぶのを妨げるほどの力もありませんでした。同じくまたキリスト教徒としての一体感も、それなりに強力なものであったとはいえ、ルネサンスの時代には、キリスト教を奉じる大小の国々が、互いの戦においてスルタンの支援を得るべく画策するのを妨げませんでした。私たちの時代にも、このように世の中を一つに束ねる権威を期待しうるか生まないことは、あまりに明白です。中には、ボルシェビキ的な考え方がまず広く一般に浸透することによって初めて、およそ戦争というものを終わらせることができると予言してみせる人もおりますが、いずれにいたしましてもこのような目標は、今日の私たちにとってあまりに迂遠であり、おそらく幾多の恐ろしい内乱の後でしか到達しえないでしょう。してみれば、やはり現実の権力を理念の力に置き換えようとする試みは、今日においてなお失敗に帰する定めにあるように思われます。法はその元を辿れば剥き出しの暴力による支えを欠かしえない。このことを考慮しないなら、とんだ計算違いをしでかすことになります。

さて、ここで、あなたが提起されている命題のうち別の一つに注釈をしてみたいと思います。あなたは人間を戦争に熱狂させることが実に容易であることを不思議に思っていらっしゃる。そして、人間のうちには、何か憎悪や載滅-の欲望といったものが作用しており、これがそのような煽動に迎合するのではないかと推測していらっしゃいます。ここでもまた、私は何の留保もつけずにご意見に賛同するほかありません。私たちはそのような欲動の存在を信じており、まさにここ数年間、この欲動がどう発現するかについて研究するべく努めてまいりました。この機会に、私たちが精神分析で幾多の模索と曲折の末に辿りついた欲動の一端をお話してよいでしょうか。
続く。


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戦争はなぜに?(フロイトの論文から抜粋)

2013.09.20 Friday[フロイト-

成員たちの感情の絆という拘束によって結束が保たれる一つのより大きな統一体に権力を委譲することによって、暴力は克服されるのだ、ということです。これ以外のことはすべて、その敷衍と反復にすぎません。共同体が、強さの点で互いに等しい何人かの個人から成るかぎり、事態は簡単です。そこでは、安全な共同生活が可能となるためには、個々の者が、自らの力を暴力として用いる個人的な自由をどの程度まで断念しなければならないかを、この結束した一団の法律が規定します。

しかし、このような平静な状態はただ理論的について不均一な要素を含み、そこへもってきて後にまた戦争と征服の結果として勝者と敗者が生まれ、さらにそれが主人と奴隷に転じるなどして、事態は複雑になります。そうしますと、共同体の法は、その只中にある不平等な権力関係の表現となり、法律は支配する者たちによって、また支配する者たちのために制圧され、服従者たちにはほとんど何の権利も認めなくなるでしょう。

この時より共同体の中には、法を動揺させると同時にまた法をさらに形成してゆく二つの源泉が存在することになります。第一に、支配者たちのうちの何人かは、万人に妥当する制約を乗り越えようとする、要するに法の支配から暴力の支配へ立ち返ろうとします。第二に、虐げられている者らは、今以上の権力を得ようとして、この変更を法律の中に明文化させようとする、要するに、先とは逆に不平等な法から万人にとって平等な法へと突き進もうと絶えず奮闘するのです。

様々の歴史的な契機の結果として権力関係に遷移が生じることがありますが、共同体の内部で実際にそういった遷移が起こる時、右の二つの流れか、あるいは、もっとよくあるのは、支配階級がこの変化に対応する準備ができておらず、暴動や内乱の発生に立ち至る、つまり、一時的に停止され、暴力による新たな力比べが起こり、それが終息すると、新たな法秩序が設立されることになります。なお法が変化するのに、もう一つ平和的な仕方でのみ現れる源泉があります。

それは、共同体の成員が文化的に変わることですが、これはもっと後でないと検討できない文脈に属する問題です見てのとおり要するに、従来、一つの共同体の内部においてでさえ、利害の衝突を暴力的に処置するのは避けられませんでした。しかし、同じ土地で共同生活を送ることから来る様々の必要や共通点は、闘争の速やかな終結を促します。このような条件のもとでなら、ことが平和裡に解決する確率は次第に増大しつつあります。しかし、人類史を眺めれば、そこに現れてくるのは絶えざる抗争の連鎖であります。

一つの共同体と別のまた一つの、あるいは複数の共同体との間に、大小の統一体の間に、すなわち、市街区域間、地域間、部族間、民族間、帝国間に起こるこれらの抗争は、ほとんど常に戦争という力比べによって片が付けられます。
このような戦争は結局、一方の側に対する略奪か完全なる制圧、ないし征服こ終わります。征服戦争を一律に評価することはできません。

モンゴル人やトルコ人の戦争のように征服戦争の中には災厄しかもたらさなかったものもありますが、逆に戦争のおかげで従来よりも大きな統一体が生まれ、この中ではもはや暴力を行使するという方策は取られなくなり、新たな法秩序が抗争を調停することによって暴力を法へと転換させることに貢献した戦争もありました。例えばローマ人による征服は、地中海諸国に貴重な(ローマ平和)をもたらしました。フランスの歴代の王たちが抱いた領土拡大の野望は、平和的に統一された、繁栄するフランスを創り出しました。

いかにも逆説的に響きますが、戦争は、強大な中央権力によって内部でのそれ以上の戦争が不可能となるよう強大な統一体を創り出すことができるがゆえに、人々の待望する(永遠の)平和を打ち立てるための手段として不適格ではないというのは認めなければなりません。とはゆえ、戦争はやはり平和樹立の役には立ちません。
征服の成果は、必ずや長続きしないからです。新たに創られた統一体は再び瓦解してゆきます。大概は、暴力的に統一された各部分を結束させることができなかったからです。

加えて、征服が従来、創り出した統一体は、なるほどその規範が広がったとはゆえ、所詮、部分的な統一体でしかなく、それらの間の抗争はこれまでにもまして暴力的な決着を招き寄せることになったのです。そういった好戦的な尽力を積み重ねてきた結果、人類は、数が多いばかりか絶え間のなかった小規模な戦争の代わりに、稀ではあるがそれだけ大きな荒廃を生む大規模な戦争にしたに過ぎないというわけです。

続く。


如月eye
フロイトの鑑識眼も伺わせる内容ともいえる、歴史や哲学のにも豊富な知識を鑑みて因果関係や自らの精神分析を照らし合わせて述べています。


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戦争はなぜに?(フロイトの論文から抜粋)

2013.09.19 Thursday[フロイト-

フロイトは実に戦争を嫌い、戦争がなぜ起きるのか?人間が戦争を起こす原因などを鋭くまず人間の本能や人間の精神分析をしている。如月自身、人間フロイトの暖かい面を見るにあたって感銘を受けた次第です。

では本文より、

アインシュタイン様。
あなたはご自身関心を寄せられて、他の人々も関心を払うにふさわしいとお考えになっているテーマについて、私に意見交換を求めたいとのご主旨伺いましたときには、二つの返事で承諾致しました。私としては、あんたがお選びになるのは、きっと今日の人知の限界に位置するような問題であって、私たち二人が物理学者、心理学者として、それぞれ独自にそこに追ってゆくことができ、それぞれが異なる方向から出発しながら最終的に同じ一つの土俵の上で出会えることになるような問題なのだろう。と期待いたしました。ところが、その後、あなたが、戦争という災厄から人間を守るために何ができるのかという問いを提起されたのには意表を突かれました。

私にはほとんど(私たちには)と言ってしまうところでした。このような問いに答える機能がないという気がしてひるんだのです。こういったことは政治家たちに任せるべき実践的な課題ではないかと感じたからです。しかし私はほどなく、あなたが自然研究者、物理学者としてこの問いを提起されたのではなく、ちょうど極地探検家フリチョフ・ナンセンが、飢餓に苦しむ人々や故郷を追われた世界大戦の犠牲者を教授するのを自らの責務としたように、国際連盟の呼びかけに応えるひとりの博愛家として、この問いを提起されたのだと理解いたしました。さらに、自分は何も実践的な提案を出すのを求められているのではなく、単に心理学の立場から考察するなら、戦争を防止するという問題はどのような様相を呈するかを述べるが期待されているだけだ、と思い直した次第です。

しかし、このことについてもお手紙ではほとんどのことが尽くされています。おかげで私は、いわば帆走しようにもそのための風を奪われた状態です。しかしここはひとつあなたの航跡を辿り、お手紙で提起されていることすべてを、私の持つ限りの知識、ないしは推測を起こして敷衍することで、微力ながらその見地の正しさを裏付けてみたいと思います。

あなたは最初に法と権力の関係を取り上げていらっしゃいます。これはたしかに私たちの考察にとって正しい出発点です。「権力」という言葉を、もっと強烈で非常な言葉である「暴力」に置き換えていいでしょうか。法と暴力とは、今日の私たちにとって互いに対立するものであります。しかし、一方が他方から生まれたことを示すのはたやすいことですし、私たちがそもそも始原に立ち戻り、これが当初いかに生じたのかを確かめれば、問題の解決とてたやすいはずです。しかし、以下で誰もが認める周知のことを、あたかも何か目新しいことであるかのように私が語るのをお許しください。文脈上、どうしてもそうせざるを得ないのです。

人間相合のあいだの利害の衝突は、原理的には暴力の行使によって決着がつけられます。動物界でも同じで、人間は自分がこの一部であることを自覚すべきです。ただし、人間にはさらにまた意見の衝突というものもあり、これは最高度の抽象の高みにまで達するだけに、決着をつけるにも暴力とは違う技法が必要とされるようです。しかし、このような事態の複雑化は後から起こったことです。当初、小規模な人間群族では、何か誰のものであるか、誰の意図が実行に移されるべきかは、どちらの腕力が強いかによって決定されました。腕力は、間もなく道具の使用によって強化されるとともに、やがてこれに取って代わられることになります。人より優れた武器を持つ者、あるいは人より武器を巧みに使いこなす者が勝利するのです。

すでに武器の導入によって、知力の優劣が、かつて剥き出しの腕力が占めていた位置を占めはじめることになるのですが、闘いの最終的な目的はあくまで同じです。どちらか一方が、自分の被る損害によって、また力の衰退によって自らの要求や異論を破棄させられるのです。これは、暴力が相手を永続的に除去するとき、すなわち殺してしまうときに、最も徹底したかたちで達成されることになります。これには二つの利点があります。

まず、負けた相手が再び敵対してくることはないこと、そして彼の運命が見せしめとなって他の者たちは彼の失敗を繰り返すまいとするようになるのです。さらに敵の殺害は、一つの欲動的な傾向を満足させますが、これについてはのちに触れなくてはなりません。殺害という意図に立ちはだかることになるのだが、敵を委縮させたまま生かしておけば、何か役に立つ仕事に利用することができるという発想です。こうなると、暴力は、敵を殺す代わりに服従させるのをもって満足することになります。これが敵に対する容赦の始まりですが、一方では、勝者はこれ以後、敗者の内に潜む復讐心を考慮に入れなければならなくなり、自分自身の安全の一部を破棄しることになります。

要するに、これがもともとの状態、権力の大きな者による支配、剥き出しであるか、知力の支えがあるかはひとまず借いて、暴力による支配です。私たちは、このような政体が発展の過程で変化してきたことを知っています。暴力から法に通じる道があったのです。しかし、どのような道だったのでしょうか。唯一これを借いてほかにない、そんな道だったと私は考えています。

それは、ある一人の者の強大な力によって複数の弱者たちの一致団結が対抗することができたいう事実を経て進んでゆく道だったのです。 (団結は力なり)です。暴力は団結によって打破され、この団結した者たちの権力が、一転、個人の暴力に対抗して法となって現れるのです。ここに見られるように、法とは一つの共同体に逆らう個人が出てくれば、いつでもそれに対抗する用意ができており、暴力と同じ目的を追求します。実際のところ違いは、言い分を押し通すのが、個人の暴力ではなく、共同体の暴力であるという点に尽きます。しかし、暴力から新たな法-の移行が執り行われるためには、ある心理学的な条件が満たされなければなりません多数者の団結は堅固で持続的なものでなければならないのです。

仮にこの団結が、そのただ一人の強大な権力者を打倒するためだけに結成され、彼を制圧した後に瓦解してしまったなら、成果は何一つなかったことになるでしょう。他の者に勝るとして自らの力を恃む次の者が再び暴力による支配を目指し、角遂は永遠に繰り返されることになります。共同体は永続的に維持され、組織化されねばならず、懸念される反乱を予防するための規則を作成し、この規則、遵守を監視し法に則った暴力行為の執行を担当する機関を設置しなくてはいけません。このような利害の共同体を承認することで、団結した人間集団の成員たちの間に互いを拘束しあう感情の絆、共同感情が出来上がってきます。
共同体の本来の力は、この感情によるものなのです。
以上でもってすでに本質的なところはすべて出そろったかと思われます。

続く。

この続きは最後までアインシュタインに書いた戦争はなぜに?をここで全部紹介します。
戦争や争いを社会心理としても内容深く、分析しています。
後半には人間の本能も記しており、実に興味深い。アインシュタインはこの手紙をどう受け止めたかも気になるところですが‥.


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